刺繍ルック

10 Mame Kurogouchi「10のキーワード-刺繍」記憶の中の再現

マメのファーストコレクションから2020年秋冬コレクションまでのアーカイブを通じデザイナー黒河内真衣子氏の創作の旅路を辿る展覧会「10 Mame Kurogouchi」。
マメクロゴウチ10年間を追想する10のキーワードから、「刺繍」にフォーカスしてみる。

マメ展入口からノート

キーワード「刺繍」

有機的なモチーフの刺繍が施されたルックを、ドローイング、工場への指示書、刺繍図案と共に展示する。
これらのモチーフは、アトリエ敷地内の植物や、道端の雑草など実に多様である一方、自然の厳密な描写ではなく、ノートの描写と同様、あくまで黒河内の主観を介して描かれている。
記憶の中の風景が、一針一針、複数の糸を用いて機序の上で甦る様子を、綿密な制作過程を伝える資料が物語る。
– 10Mame Kurogouchiより

mame展「刺繍」

展示室前方のキーワード「曲線」を表す展示を過ぎると、4枚のルック。
手前から2018年秋冬コレクション「Choice,Tradition,Creation」、2011年秋冬コレクションルック「面」、2015年春夏コレクション「Passing」、2020年春夏コレクション「Embrace」のアイテムだ。
そしてその正面には、植物等のドローイングや刺繍工場への指示書、工場が製作した図案や刺繍サンプルがケース展示されている。

mame展刺繍展示

草花の刺繍はMame Kurogouchiというブランドを語るうえで、欠かせないモチーフだ。
繊細で美しい。それでいて、程よくデフォルメされたフォルムやレースパターンへの落とし込み方は特徴的で、黒河内氏の記憶の中の風景から掘り起こしていると言われると、なるほどしっくりくるものがある。色使いや立体感も、柔らかく幻想的な表現を手伝っている。
こんな風に周りの風景を捉えることができていたら、どんなに世界は美しいのか。そんなことを考えていた。

デザイナーの視点について >日常から生まれる輝き/黒河内真衣子の視点

記憶の中の再現-マメクロゴウチの作り手たち

黒河内真衣子という人物は、素材の生産者や工場との繋がりを非常に大切にしていることでも知られている。
ブランド初期からこのこだわりはずっと変わらないという。
Mame Kurogouchi-THE STORY でコレクションが作られるまでのストーリーを読むことができるが、その中だけでも、
マメクロゴウチに携わる工場の記述がいくつも見て取れる。

2019年秋冬コレクション「The Second Diary」より一部引用

混ざり合う青の記憶の重なりは様々なテクニックで表現される。溶けゆくバスソルトは、絹糸を幾重にも飛ばしたジャガード織りで表現した。混ざり合う糸が擦り切れた古布のようにもみえる。京都でおこした型紙が広島で織られて生地になる。風になびく小紋柄のシルクのドレス生地は、日本でも希少となった石川の織機で織られ、群馬で施された刺繍で完成する。いかなる工程も一度ではうまくいかない。それぞれの熟練の職人と黒河内が話しながら彼女のイメージへと固めていく。それはまた新たな青の旅でもあった。

旅の先々で見た花のスケッチを元にした小花柄がジャガードで織られ、かつては着物の刺繍を行っていたという桐生の工場で袖口に刺繍が施された。500年以上の歴史を旅してきた伝統装飾のシルエットが黒河内の目を通し、現代へアップデートされる。

2020年春夏コレクション「Embrace」より一部引用
MameKurogouchi-2020

柔らかな光を宿し、体を優しく覆うことができる洋服を求め、国内で唯一、シルクのジャガードを織る技術を持つ石川県小松の機屋で、繊細な生地を織りあげた。経糸にはシルクと透明フィルム糸を、緯糸にはシルクをかけてジャガードに織り、意図的に長く飛び出たフィルム糸をカットせず残すことで、2種類の生地を織った。黒の生地は、奄美大島で見た、暗闇の中、視界いっぱいに浮かび上がる夜光虫の冷たくも暖かな光を想い起こさせた。

再び一枚の布の上で表現するために、群馬県桐生の機屋に相談した。シルクの強撚糸とナイロンで織ることで、オーガンジーの繊細さと、葉を重ねたような立体的な膨らみを持つ生地を作り、日常の中に存在するレイヤーを表現するため、一枚の布のなかに透け、光沢、マットなど様々な質感を忍ばせた。

通常の生地を二重に織ることに比べ、ニットにチュールを袋状に編むことは、編みの強度の違いから安定させることが難しい。異なるテクニックであるインレイ編みとジャガード編みを重ねるという作業を、長野と新潟のニット工場で何度も繰り返す過程で、ニットに穴が開いたり、糸が切れたりした。薄い膜のような蚊帳の存在により内と外の存在を認識できた感覚、この体験を表現するには、繊細なニットでなければならなかった。
熟練のニッターと対話を重ねながら、彼女たちの経験値、知識、そして想像力によって、最終的に完成したニットは、黒河内のイメージをあますところなく表現し、編み地からうっすらと透ける肌はその美しさを際立たせるものになった。

2020年秋冬コレクション「Embracing」より一部引用

朝露が漏れ落ちる光景を再現したいと考えた。表現したい風景を言語化し、ふわりとした枯れ草を押し花にしたノートのページを手に愛知県一宮の工場に相談した。対話を重ね、ウールとモヘアの生地に、人工の透明のフィルムの糸を織り込むことで、輝く朝露のようなラメを再現することができた。

石川県小松で織ってもらった、籠のような格子柄を金で織り込んだ薄いシルクのジャガードに、手で描いた格子柄を重ねて、籠をさらに立体的に表現することを思いついた。

結局、完成形は、着物のシルクに染色することに慣れている京都の工場の手によって、高精度のインクジェット印刷で実現した。花柄の籠を、身にまとうように着てほしい、そんな思いで編むように描く作業の末にできたプリントだ。

これまで、黒河内が頻用してきた、福井県生まれの国産素材トリアセテート。
群馬県桐生の工場で作ってもらったレースのカフス水溶性の紙に無数の刺繍を施し、お湯の中でゆっくりと、職人の手により紙を溶かすことで、成形させた技術が、籠をモチーフにしたカフスに結晶した。

2021年春夏コレクション「Window」より一部引用
MameKurogouchi-2021

コレクションの象徴になったのが、群⾺県桐⽣のカーテン⼯場に依頼して作ったオリジナルのレースを主役にしたガウンとドレスだ。国内でも数が少ない希少な編み機を使い、在宅⽣活に活けた花を、⼤判でレースに織り込んでもらった。⼤きな柄を途切れず織ることができる織機を⽣かし、洋服の形にデータ化することで織り上げた柄は、⼀枚⼀枚、職⼈の⼿でヒートカットされてゆく。こうして⽣まれた襟元の繊細なカットや裾のスカラ・カットが、かつての記憶と黒河内の今を⼀着の洋服の上に繫ぎ⽌める。

自分の記憶にあった黄ばんだカーテンの色を追い求め、何度も、工場とやりとりをし、染め直しに挑戦した。けれど、途中で、理想の色が実現しなくても良いのだ、ということに気がついたという黒河内。できた服もまた、誰かとともに時間を過ごすことで、記憶を吸収しながら、少しずつそれぞれの色を纏っていくのだから。

2021年秋冬コレクション「Nocturnal Window」のストーリーは、まだ追加されていないが、
テキスタイルは伝統的な板締め絞りの職人の手により、またこのコレクションで一際目を引く“マーブルプリント”-途方もない手作業、職人の感覚と経験のみが可能にする柄の再構築作業-は世界で1社、京都の工場のみが持つ技術でプリントされている。

マメ展刺繍展示2

黒河内さんは以前インタビュー記事でも、『その服を手掛けた工場に行くときは、例えばそれが派手なドレスだったとしても、着て行くようにしています。』と話していた。
『実際に作ってくださる方々、例えば襟を作ったり、部分的な刺繍をしてくれる方は、最終的にどういう服になるか、知らないことが多いんです。仕上がった服の画像を送ることもありますが、全員が見られるとは限りません。だからこそ、「こんな服になりました」と着て見せると、伝わりやすいんです。』
彼女自身がブランドの「作り手」であるわけだが、記憶の中の風景を表現するための妥協しないものづくりに、実際にマメクロゴウチの服の、生地の、刺繍の、プリントの「作り手たち」への深いリスペクトがあるのだ。
この日、改めてその「作り手たち」のクリエイションにグッときた。ぜひ、実物を見て、感じてほしい。

マメ展刺繍展示3

「10 Mame Kurogouchi – 10のキーワード」
・ノート – 〈Mame Kurogouchiの10年を長野で辿る〉
・曲線 – 〈10 Mame Kurogouchi「10のキーワード-曲線」と写真家 野田祐一郎〉
・刺繍 – 〈10 Mame Kurogouchi「10のキーワード-刺繍」記憶の中の再現〉
・長野 – 〈10 Mame Kurogouchi「10のキーワード-長野」2つの融合〉
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・私小説
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・テクスチャー
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